老人・高齢者の慰謝料について
交通事故の被害者が老人・高齢者の場合も、「慰謝料」には入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料があります。それぞれについて被害者が老人・高齢者だった場合によく問題となる点について順に解説します。
若い人に比べると平均余命が短いから、慰謝料が減額されてしまうの?
まずは入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料などに共通する慰謝料全般のお話ですが、神的苦痛が高齢であれば軽いということはなく、基本的には慰謝料は年齢で減額されるべきものではありません。
ただなかには保険会社に、高齢であることのみを理由に平均的な提示額よりも低い金額を提示されてしまうケースもあるようです。しかしむしろ高齢であるとケガの治りが悪かったり、後遺障害への適応も若い人に比べると難しかったりと、かえって精神的な苦痛が大きいことも少なくないのです。
入通院慰謝料について
入通院慰謝料は入院期間や通院期間に応じて支払われるものですので高齢者だというだけでその慰謝料が少なくなって当然ということはありません。また入院期間も、その治りにくさに比例して、若い人に比べると長期化しやすいことも特徴です。
ですから、交渉の段階で「高齢だから慰謝料は低くなりますよ」などと当たり前のように保険会社が言ってきたとしても、すぐに納得して示談書にサインをしたりしないようにしましょう。
高齢の被害者に後遺障害が残った場合
後遺障害慰謝料についても、年齢のみを理由として減額をされるものではありません。
ただし、事故以前からの既往症が後遺障害に影響している場合は、慰謝料に限ったことではありませんが、それに対して減額されることは考えられます。
死亡事故の場合の慰謝料は…?
高齢であっても年齢に関係なく、慰謝料の相場は基本的には若い人が亡くなったのと同等のものとなります。さらに高齢であっても一家を支えていた、「一家の支柱」となる立場にあればさらに慰謝料は増額する可能性が高まります。
死亡慰謝料の場合、自賠責基準によって支払われるか、弁護士基準によって支払われるかによって、金額は大きく異なります。
→ 具体的な死亡慰謝料の相場についてこちら
高齢者の休業損害は認められる?

休業損害とは症状固定日までの間の収入減の補償金です。無職であったり年金のみで生活している場合には収入減がないので基本的には認められませんが、最近は、仕事をしている高齢者の方が増えましたし、元々給与等の収入があった場合には、高齢であっても当然休業損害は認められます。
休業損害=基礎収入(1日当たりの収入)×休業日数
無職の高齢者であっても休業損害が認められる場合がある
高齢者が無職であっても、休業損害が認められた例もあります。定年退職のあとの再就職が決まっていた場合など次の就業先が決まっていた場合だけでなく、採用面接を受けるなどの具体的な就職の準備をしていた場合など就労の蓋然性を認められたケースもあります。
高齢の主婦の休業損害は?
家事は自分の家で行う限り、通常現金収入にはつながりません。ですが、賃金を支払われるものとして家事労働を評価できないかといわれるとそんなことはなく、家事代行サービスや家政婦を雇うとお金がかかることからもわかるように、家族のために行う家事労働もれっきとした仕事なのです。ただし、あくまでも「他人」のために家事をしていることを評価しますので一人暮らしの場合は請求できません。
通常、専業主婦については事故が発生した当時の賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、女子労働者、学歴計、全年齢賃金を基礎として算定しますが、高齢主婦の場合は、その体調や事故の前にどの程度の家事を行っていたかなどの事情に照らし、年齢別平均賃金を算定の基礎としたり、さらに減額されることもあり得ます。
また専業主夫(男性)であっても多くの場合女子平均賃金が基礎とされます。
高齢者に逸失利益は認められる?
事故当時就労し収入があった場合はもちろん、実際には就労していなくても、就労意欲があり、実際に就労する能力と蓋然性があれば、高齢者であっても逸失利益が認められる可能性があります。
逸失利益は就労可能年齢までに本来ならいくら収入があったはずであったかということについて計算しますが、基本的に就労可能年齢は67歳までとされます。現在67歳を超えている場合や、もう間もなく67歳になるという場合にはその年齢の平均余命の2分の1の期間が就労可能期間となります。
高齢者に後遺障害が残ってしまった場合の逸失利益
高齢者も、本来受け取れるはずであったのに後遺障害が残ってしまったことによって減ってしまった収入が後遺障害による逸失利益となります。基本的に前年の年収を基礎収入として、何パーセント労働能力を失ってしまい就労可能期間は何年かが計算の対象となります。ただ、将来の収入を先に受け取るためにそこから利息を控除しなくてはならず、ライプニッツ係数という係数を用いて最終的な逸失利益を算出します。
逸失利益=基礎収入額×労働能力喪失率×就労可能期間に対応するライプニッツ係数
前年の収入がない場合は基礎収入ってどうするの?
事故当時無職であっても、休業損害と同様に、その方の健康状態も考慮したうえで就労の可能性があればその分の逸失利益も認められることがあります。過去数年の年収の実績や事故後の再就職の就労の実績から、仮に事故がなかった場合に得られた事故後の年収に仮説をたてて基礎収入を計算します。その際、年齢別平均賃金を考慮することもあります。たまたま事故の前年が無収入だったとしても、過去の就労状況等から将来の就労の可能性があったことを証明していきます。
高齢の主婦に後遺障害が残った場合の逸失利益は?
休業損害の場合と同様に家族のために家事労働をしていれば現金収入を得ていなくても逸失利益を請求できます。高齢の場合には家事の分担量が多い場合には年齢別平均賃金を基礎収入としますが、本人の健康状態、どの程度家事を行っていたかなどによっては更に減額となる場合があることも休業損害と同様です。
高齢者が死亡してしまった場合の逸失利益
死亡しなければ得られたはずの将来の利益は、後遺障害が残った場合には後遺障害により失った労働能力の割合をかけて計算するのと違い、労働能力喪失率はいわば100%ですので基本的に全ての将来の利益です。しかし、死亡によってかからなくなった生活費もあります。したがってそれを控除しなくてはならず、計算式は以下のようになります。
逸失利益=基礎収入(年収)×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数
生活費控除率は事案によっても変動しますが、被害者の立場によって以下の目安となります。
- 一家の支柱 30~40%
- 女性(主婦・独身・幼児等を含む)30%
- 男性(独身・幼児等を含む)50%
高齢の主婦が死亡してしまった場合の逸失利益は?

死亡の場合も後遺障害による逸失利益と同様に、現金収入はなくても、逸失利益を請求できます。基礎収入についても同様に賃金センサスの年齢別平均賃金を用います。家事の程度によって年齢別平均賃金を減じることもありますが、主婦であれば、逸失利益がゼロとなることはなく、補償されます。
年金生活だった場合の逸失利益について
被害者である高齢者の方が、年金によって生活していた場合、50%~70%と、基準より生活控除率が高くなることがありますが、一部の年金を除き、国民年金の老齢年金、老齢厚生年金など年金収入も逸失利益として請求できます。年金については得られる期間は死亡するまでの間ですから、就労可能年数ではなく平均余命期間を用いて計算します。
損害賠償は減額されてしまうことも…!!高齢者によくある事情も減額の対象になる…?
損害賠償が減額される理由はいろいろありますが、過失相殺・素因減額など、高齢者によくある事情についてご紹介します。
過失割合も普通に計算されちゃうの…?
被害者にも過失がある場合、その割合を過失割合といいますが、損害賠償がその過失割合によって減額されることを過失相殺といいます。ですが、高齢者が歩行者、自転車であった場合は過失割合について、有利に修正されることがあります。
素因減額って、何が減額の対象となるの…?
素因減額は、元々持っていた持病などによって本来ならもっと軽症で済んだはずの怪我や後遺障害が重くなってしまったり、治療期間が長くなってしまったりすることがあるので、そのことに対して減額が行われます。精神的な理由によっても、例えばうつなどで治療をしなかったことでひどくなってしまったなどの場合に減額される場合もあります。
高齢者は骨粗しょう症も少なくないけれど素因減額される…??
「骨密度が低かった」ということは減額の対象となるのでしょうか。高齢者は若い人に比べると骨密度が低い傾向にありますし、骨粗しょう症等が進んでいると骨折しやすかったりけがはひどくなりやすいことになります。それによって骨密度の低い高齢者は減額されてしまうのでしょうか。
若い人であれば疾患に該当してしまうため減額の対象となる「素因」になりますが、高齢者の場合は年齢が進めば相当の人が骨密度は低くなる傾向にあり、裁判ではあまり減額されていません。具体的にどのような状況であれば素因減額の対象となるのかということですが、平成26年版赤本講演録において小河原寧裁判官が骨粗しょう症を原因とする素因減額の判断要素について挙げられているのでご紹介します。
- 事故の態様や衝撃の規模(衝撃が小さいほど素因減額の可能性が高まる)
- 事故前の被害者の状況(事故前から症状が発現していれば、素因減額の可能性が高まる)
- 被害者の年齢(若年であれば、素因減額の可能性が高まる)
多少、年齢の平均値よりも骨粗しょう症が進んでいても、事故の衝撃が一定程度大きい事案などでは減額について否定された事案も多くありますので、もちろんその進行具合にもよりますが以上のように加齢の自然な現象の範囲であればそれほど心配には及びません。